2026年8月20日
年間第二十木曜日
聖ベルナルド修道院長教会博士(記)
🌞 朝イエスとともに
すぐに
さあ、すぐに「教皇による祈りの世界ネットワーク」のメンバーたちと祈りをともにして、一日を始めましょう!
「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。王は家来たちを送り、婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。」 (マタイ 22:2-3)
なんと不思議なことでしょうか。神の御業は、しばしば正当に評価されず、あまりにも頻繁に無視されています。それは、高慢や愚かさ、あるいは無関心によるのです。神は愛しておられるのに、愛されてはいないのです。それは、私たちが神の愛を当然のものとしてしまっているからなのでしょうか?
さあ、急いで神の賜物を受け入れましょう! 主が私たちのもとに来てくださいました。今日もまた、主は世に来られ、私の良心を善へと導き、悪を避けることができるようにしてくださいます。主は私の力、私は主を愛します。
「日々ささげる祈り」を唱えます。
フランス語圏チーム
🍵 昼イエスとともに
大胆さ
主よ、このひと時をありがとうございます。主の御前に立ち止まることができるとは、なんと素晴らしいことでしょう。
「キリスト教の愛は、あらゆる障壁を打ち破り、遠く離れた人々を近づけ、見知らぬ者同士を結びつけ、敵を友に変え、人間には到底埋められない溝に橋を架け、社会の最も隠された隅々にまで浸透するのです。」(レオ14世)
教皇レオ14世のこの言葉は私に力を与えてくれます。彼は教皇フランシスコのように、イエスのように、語るのです。
初代キリスト教徒たちは、この大胆さ、すなわち「私たちは兄弟姉妹であり、神は私たちを愛しておられる」という真理を宣べ伝える自由をもって生きていました。では、私たちはこの大胆さをどのように実践できるでしょうか? それは、見知らぬ人にさりげなく挨拶をすることかもしれません。通りですれ違う人は、単なる街灯のような存在ではありません。その人は、私が心を向けるに値する存在なのです。もしかすると、何か助けることができるかもしれません……
主よ、今こそ私たちが行動する番です。「教皇による祈りの世界ネットワーク」の皆さんと心を一つにして、「今月の祈り」をささげます。
フランス語圏チーム
🕯 夜イエスとともに
心の響きに耳を傾ける
今日という一日をふり返ります。自分の体や気分の状態に注意深く意識を向けます。退屈、喜び、充実感、悲しみ、信頼……今日、どのような感情を抱いたでしょうか? そう自問しながら、 心の中に残るその響きに耳を傾けます。
これまで、私はどのように人々と接してきただろうか? ゆるしを願いたいことはあるだろうか?
これらすべてを祈りとしてささげます。過去と未来を神の御前に差し出して、祝福を願います。
「主の祈り」
ドイツチーム