年間第九木曜日(6/4)

あなたは、神の国から遠くない

🌸 第一朗読 (2テモテ2:8-15)

使徒パウロのテモテへの手紙

 〔愛する者よ、〕8イエス・キリストのことを思い起こしなさい。わたしの宣べ伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです。 9この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。 10だから、わたしは、選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます。彼らもキリスト・イエスによる救いを永遠の栄光と共に得るためです。 11次の言葉は真実です。
 「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、
 キリストと共に生きるようになる。
 12耐え忍ぶなら、
 キリストと共に支配するようになる。
 キリストを否むなら、
 キリストもわたしたちを否まれる。
 13わたしたちが誠実でなくても、
 キリストは常に真実であられる。
 キリストは御自身を
 否むことができないからである。」

 14これらのことを人々に思い起こさせ、言葉をあげつらわないようにと、神の御前で厳かに命じなさい。そのようなことは、何の役にも立たず、聞く者を破滅させるのです。 15あなたは、適格者と認められて神の前に立つ者、恥じるところのない働き手、真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい。 

🌸 答唱詩編 詩編25 典137①②

答:すべての人の救いを願い、
  わたしはあなたを持ち望む。

神よ、あなたの道を示し、
その小道を教えてください。
あなたの真理のうちに、
わたしを導き、さとしてください。 【答】

神はあわれみ深く、正義に満ち、
罪びとに道を示される。
神は貧い人を正義に導き、
へりくだる人にその道を教えられる。 【答】

アレルヤ唱

アレルヤ、アレルヤ。わたしたちの救い主イエス・キリストは死を滅ぼし、福音によって生涯を照らしてくださった。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (マルコ12:28b-34)

マルコによる福音

 〔その時、一人の律法学者が進み出て、イエスに尋ねた。〕「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」 29イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。 30心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 31第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」 32律法学者はイエスに言った。「先生、おっしゃるとおりです。『神は唯一である。ほかに神はない』とおっしゃったのは、本当です。 33そして、『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する』ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています。」 34イエスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、「あなたは、神の国から遠くない」と言われた。もはや、あえて質問する者はなかった。

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 生涯の終わりが近づき、エルサレムに来られたイエスは、神殿の境内で、ユダヤ人が投げかける様々な質問にお答えになった。今日のテーマは、律法の中心は何かということ。

イエスは答える。律法の中で、第一の掟は、「神である主を愛すること」。そして、第二は、「隣人を自分のように愛すること」。どちらも、律法の中にはっきりと記され、律法を学んだ人ならだれでも知っていた答えである。なぜ、イエスにそうしたことを問うたのだろうか。

そもそも、神を愛するとはどういうことか。第一朗読のホセアの預言に、一つの答えがある。「主に立ち帰ること、そのために悪を捨てること、アッシリアに救いを期待しないこと、軍馬に乗らないこと、自分の手で造ったものを神と呼ばないこと。」それは、まさに神を神とすること、神でないものを神としないこと。人間はとかく、神でないものを神のように大事にし、自分を失うまでに、それに信頼を寄せようとする。

律法学者たちは、律法をこと細かく守ることを大事にし、人々にもそれを要求した。その反面、神の言葉を聞き、神に心を開くこと、神が自分に期待しておられるかを知り、それを行おうとしなかった。すべきことは明らかであり、自分はそれを行っている。そんな考えに捉われていたのではないか。ある意味で、神を自分の都合で操作できるものにしてしまった。

イエスは、そうではなく、今、生きていてあなたに語りかける神に心を開いているか、自分ではなく、神に基準を置いているか、と問う。「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛する」と言いながら、その実、自分で作り上げた判断基準で、さらに言えば、自分自身を愛しているのではないか、と。

隣人愛についても、同じことが言える。「隣人を自分のように愛する」と言いながら、ありのままの隣人、自分と同じように、思い、望み、好み、都合、感情をもった相手を、いつの間にか、自分の判断、自分の考え、自分の都合で、愛していると思い込み、その実、自分自身を愛しているのではないか。 「どんな焼き尽くす献げ物やいけにえにもまさる」と言われた、神への愛、すべてを越える神、生きた真の神にふさわしい礼拝を捧げることができるように、真の神に立ち帰る恵みを祈ろう。(S.T.)

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
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