大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた
聖ボニファチオ司教殉教者
🌸 第一朗読 (2テモテ3:10-17)
使徒パウロのテモテへの手紙
〔愛する者よ、〕10あなたは、わたしの教え、行動、意図、信仰、寛容、愛、忍耐に倣い、 11アンティオキア、イコニオン、リストラでわたしにふりかかったような迫害と苦難をもいといませんでした。そのような迫害にわたしは耐えました。そして、主がそのすべてからわたしを救い出してくださったのです。 12キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます。 13悪人や詐欺師は、惑わし惑わされながら、ますます悪くなっていきます。 14だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、 15また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。 16聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。 17こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。
🌸 答唱詩編 詩編119 典125①④
答:主よ、あなたは永遠のいのちのことば。
神よ、あなたはわたしたちのすべて。
あなたのことばをわたしは守る。
あなたの教えはすばらしい。
すべての金銀にまさる。 【答】
あなたのことばは真理に基づく。
正しいさばきはとこしえに変わることがない。
すばらしい宝を見つけた人のように、
わたしはあなたの仰せを喜ぶ。 【答】
アレルヤ唱
アレルヤ、アレルヤ。わたしを愛する人はわたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のもとに行く。アレルヤ、アレルヤ。
🌸 福音朗読 (マルコ12:35-37)
マルコによる福音
35イエスは神殿の境内で教えていたとき、こう言われた。「どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか。 36ダビデ自身が聖霊を受けて言っている。
『主は、わたしの主にお告げになった。
「わたしの右の座に着きなさい。わたしがあなたの敵を
あなたの足もとに屈服させるときまで」と。』
37このようにダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか。」大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた。
🌸 分かち合い
少しわかりにくい箇所。これは、今までのユダヤ人指導者たちとの問答とは違い、イエスから人々にぶつけられた問い。それだけに、聞いていた人も驚いたに違いない。
イエスの時代に、人々はやがて来るメシアは、ダビデの子孫から出ると考えていた。だから、イエスは、「どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』というのか」と問われる。イエスの誕生について記す福音書(マタイとルカ)の記者が、イエスがダビデの町、ベトレヘムで生まれたことにこだわっていたこと、また、ヨハネが7章で記す、メシアについてのやりとりの中でも、メシアがどこから来るか知っている、という話があったことからもわかる。
イエスは、イスラエルの人々が唱えた、ダビデ王の作とされる詩編110編を持ち出される。これは、イスラエルに新しい王が誕生し、即位するときの歌と言われる。冒頭に、「主はわたしの主にお告げになった」とある。二人の主、はじめの「主」は神ご自身、後の「わたしの主」の「主」は、来たるべき王、メシアのこと。神ご自身が、メシアに全権をお委ねになり、彼に勝利を約束されるという内容。イエスは、詩の作者、ダビデが、メシアを「わたしの主」と呼ぶことに注目。その「主」であるメシアが、どうして、「ダビデの子」、子孫なのか、と問われる。 イエスは、人々が当然と思っていた考えを覆し、ご自分が何者であるか、どこから来られたのかを証言しようとされたのではないか。(S.T.)