2026年4月27日
復活節第四月曜日
主、あなたを通して
新しい朝を迎え、共に主への感謝をささげ、その御声に耳を傾けましょう。
「わたしは門である。わたしを通って入る者は救われる。その人は、門を出入りして牧草を見つける。」(ヨハネ10:1-10)
近道や別の道を探すことなく、主の道と福音こそが、私たちの行動の道しるべとなりますように。「大切なのは、誰もが救いへと至る道を知っていることです。その旅路には、門をくぐることが求められます。では、その門はどこにあるのでしょう? どのような門なのでしょうか? そして、その門とは誰のことでしょうか? イエスご自身こそが、その門なのです。」(教皇フランシスコ)
「日々ささげる祈り」をささげ、今日、与えられる営みの内に、主を見出す恵みを願います。
思いやりと慈しみの眼差しを育むために
午後のひととき、司祭たちがそれぞれの共同体の中で、日々の疲れを癒やす安らぎを見い出せるよう祈りましょう。私たち自身は、周りの人々にとって「安らぎ」となっているでしょうか?
「私たちは、互いに思いやりと慈しみに満ちた眼差しを交わす必要があります。イエスは、効率性という基準で決められた道筋を求めるのでなく、むしろ労わりと休息を与えられました。使徒たちをそのように見ておられたイエスから学びましょう。使徒たちが、熱意に燃えつつも疲れ果てて宣教のミッションから戻ったとき、主はこう言われたのです。『さあ、あなたがただけで人里離れた所へ行って、しばらく休むがよい。』(マルコ6:31)」(教皇フランシスコ)
「今月の祈り」をささげましょう。
二つの応答
夜が深まる今、神の霊に身をゆだねましょう。聖霊が私たちを照らし、今日受けたすべての恵みに感謝をささげることができますように。
今日主が私たちに託された人々や状況を振り返りましょう。主に対し、どのように応答しましたか? 主の招きを受け入れましたか? それとも、ためらい、正しいと分かっていることさえも、後回しにしてしまったでしょうか? その時の自らの応答を、今どのように感じていますか?
私たちの弱さゆえの過ちを主にゆるしていただき、明日、また新たに始める決意をしましょう。
「主の祈り」