2026年8月17日
年間第二十月曜日
🌞 朝イエスとともに
永遠
新しい日が明けます。それは、ある人――あなたや私かもしれません――がイエスに近づき、「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」(マタイ19:16)と尋ねたあの日のようです。そして、その答えは、「愛すること」です。その問いかけ自体、深い意味を帯びていました。その人は、神に根ざし、死を超えて永遠に続く、最も深い次元での「生」を見つめていたのです。
今日、周囲の人々を、その人に与えられた宿命という視点から見つめてみることができるでしょうか? それはよい練習に、そして、よい備えにもなるはずです。
主よ、生きて実践された愛こそが、永遠に続くものであり、主が保護し、永遠の中に守ってくださるものです。そして、その愛は、主から惜しみなく、嫉妬することなく注がれるものです。もし私が愛を実践しなくても、主は私を脅したりはなさいません。むしろ、憐れみと涙をもって私に警告し、心からの切なる思いで私の愛を待ち望んでおられます。なぜなら、心から愛することが何より必要とされるからです。
私が住む街を、私の友人たちを、私の周囲のすべての人々を見てください。主はともにおられます。私たちがもっと愛せるように導いてください。
「日々ささげる祈り」を唱えて、主に向き合います。
フランス語圏チーム
🍵 昼イエスとともに
謙虚に
今朝の福音は永遠のいのちという地平を切り開きました。天は、連帯し、共同体として結ばれ、和解した人類を、両腕を広げて迎え入れようとしています。時には互いに敵対し合う私たちもまた、清められなければなりません。そして、天国では、罪から清められたかつての敵たちと再会することになるでしょう。
神とともに、その日を待ち望みましょう。貧しい人々から人生の真の意味を学び、その日のために備えましょう。それは、素朴に、謙虚に、つつましくも毅然とした行いをもって愛するということです。
「貧しい人々は、私たちが人生の困難に立ち向かう際によく抱くあの攻撃的なプライドが、いかに空虚なものであるかに気づかせてくれます。心の底では、彼らは私たちの危うさや、一見守られ安全であるかのように見える人生の空虚さを明らかにするのです。」(レオ14世)
謙虚に、心の静寂の中で、主に身をささげ、「教皇による祈りの世界ネットワーク」とともに心を合わせて「今月の祈り」を唱えましょう。
フランス語圏チーム
🕯 夜イエスとともに
隣人たちに心を尽くすことができたでしょうか?
今日も終わりに近づきました。この一日の自分を思い巡らせ、この日の始まりをふり返ってみます。
今日、私は神や周囲の人々に対して、どれほど心を開いて向き合うことができていたでしょうか? 何に心を向けていたでしょうか? どこで目を背けてしまったでしょうか? 奉仕と愛という自らの召命を、しっかりと生きることができていたでしょうか?
この一日を神に感謝し、また神のゆるしを願い求めます。
「主の祈り」……
ドイツチーム