2026年1月16日
年間第一金曜日
イエスの友
最初の弟子たちを呼び寄せたように、主は今日も私たちを呼び寄せ、従うよう求めています。
「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ…るためであった。」(マルコ3:13-14)
主と共にいるように召されることは、何よりもまず友情の関係への招きです。忠実な友として、イエスが愛をもって眼差しを向けてくださることに感謝します。
主と共にあって、この世で主の友情の証人となるよう主が教えてくださいますように。
この一日のあらゆる瞬間が、主への愛の行いとなるよう、「日々ささげる祈り」を唱えます。
日々の只中での祈り
午後の休憩時間、教皇フランシスコが私たちに残してくれたこの祈りをささげます。
「主は、私たち誰もがみことばとの出会いに心を開き、喜びを恐れず、喜びを祝うことを恐れないようにしてくださいます。その喜びは、まさにみことばとの出会いから湧き出るものです。」
しばらく沈黙にとどまってから日常の仕事に戻ります。
愛を育む
内なる静寂にとどまり、一日の喧騒を離れます。主の御前に立ち、一息ついて、そこに留まります。今日、私は生きています! 主が与えてくださったこの命は、小さな愛の行いに支えられてきました。この一日に命を与えてくれた小さな愛の行い。眼差し、笑顔、あたたかな仕草、一杯の水、食べ物、働く時間…そんな小さな行いを思い起こしましょう。
こうしたささやかな愛の細やかな気遣いに、主の愛を感じます。それらを大切にしなかった時にはおゆるしください。そして、日々のささやかなことに愛を育むことができるよう、恵みを願い、祈ります。
寝(やす)むこの時を御手にゆだねます。どうぞ実り豊かなものにしてください。
「主の祈り」
