2026年1月15日
年間第一木曜日
主の憐れみ
沈黙し、私たちの傷を憐れんでくださる御子イエスの御前に立ちます。
「重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、『御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。」(マルコ1:40-42)
イエスは私たちの傷に触れることを恐れません。きょう、自分の傷、そして愛する人々の傷をも主にささげましょう。周囲の人々に主の憐れみを運ぶ器としていただけますように。
この一日を主に託し、主の愛が人々の心に触れ、変容させてくださるよう「日々ささげる祈り」を唱えます。
読み返すひととき
この午後、ひと息ついて、教皇フランシスコが私たちに残した言葉を読み返してみましょう。
「みことばにどう耳を傾ければいいのでしょうか? それとも、ただ耳を傾けないだけなのでしょうか? 聖書というみことばを通して、どのように主と出会えるのでしょうか? そして、主の喜びこそが私の力になると確信しているでしょうか? 悲しみは私たちの力にはなりません。」
「今月の祈り」を祈った後、主と共にひとときを過ごしましょう。
一人ひとりとの出会い
兄弟姉妹と共に労する只中に主が共にいてくださった一日を振り返り、一人ひとりとの出会い、一瞬一瞬を思い起こしましょう。今日の歩みのなかで、主が備えてくださった一つひとつの命の贈り物に感謝します。
それぞれの出会いが私の心に何を残したか、気づけるよう恵みを願いましょう。特に主に語りかけて、最も心が動かされた出会いに気づけますように。その出会いの中で、主がどのようにそこにおられたかを示してください。
兄弟姉妹たちを歓迎せず、十分に愛せなかった時には主にゆるしていただきましょう。
明日こそ、兄弟姉妹たちを愛をもって迎え入れると決心し、主が助けてくださるよう祈り求めます。
「主の祈り」
