年間第十五水曜日(7/17)
天地の主である父よ、あなたをほめたたえます
集会祈願
🌸 第一朗読 (イザヤ10:5-7、13-16)
イザヤの預言
〔主は言われる。〕
災いだ、わたしの怒りの鞭となるアッシリアは。
彼はわたしの手にある憤りの杖だ。
6神を無視する国に向かって
わたしはそれを遣わし
わたしの激怒をかった民に対して、それに命じる。
「戦利品を取り、略奪品を取れ
野の土のように彼を踏みにじれ」と。
7しかし、彼はそのように策を立てず
その心はそのように計らおうとしなかった。
その心にあるのはむしろ滅ぼし尽くすこと
多くの国を断ち尽くすこと。
13なぜならアッシリアの王は言った。
「自分の手の力によってわたしは行った。
聡明なわたしは自分の知恵によって行った。
わたしは諸民族の境を取り払い
彼らの蓄えた物を略奪し
力ある者と共に住民たちを引きずり落とした。
14わたしの手は、鳥の巣を奪うように
諸民族の富に伸びた。
置き去られた卵をかき集めるように
わたしは全世界をかき集めた。
そのとき、翼を動かす者はなく
くちばしを開いて鳴く者もなかった。」
15斧がそれを振るう者に対して自分を誇り
のこぎりがそれを使う者に向かって
高ぶることができるだろうか。
それは、鞭が自分を振り上げる者を動かし
杖が木でない者を持ち上げようとするに等しい。
16それゆえ、万軍の主なる神は
太った者の中に衰弱を送り
主の栄光の下に炎を燃え上がらせ
火のように燃えさせられる。
🌸 答唱詩編 詩編80 典80⑤⑥
アレルヤ唱 典
🌸 福音朗読 (マタイ11:25-27)
マタイによる福音
そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。 26そうです、父よ、これは御心に適うことでした。 27すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。
奉納祈願
拝領祈願
🌸 分かち合い
イエスの数少ない父なる神への賛美の言葉、「天地の主なる父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、幼子のようなものに、お示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした」と。忙しい宣教活動の日々の中で、父への祈りを欠かすことのなかったイエスの口からほとばしる言葉。小さな者、自らの弱さ、いたらなさを痛感する者に、神が大きな恵みを与えられることを、その宣教活動を通して自ら体験されたイエスの真実の思いであろう。
福音書にこうした言葉が記されるはるか前に、パウロは手紙の中で、こう書いている、「神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。・・・それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです」(1コリ1.27,29)と。パウロは、召された人々の現実を振り返りながら、人間の知恵を超えた神の知恵である、あの十字架につけられたキリストを通して、神が救いをもたらされたことを、確信をもって記している。
神がおごり高ぶるものを低くされ、力あるものを打ち砕く方であることは、旧約聖書の様々な個所に記されている。第一朗読で読まれたイザヤの預言では、「自分の手の力によってわたしは行った。聡明なわたしは自分の知恵によって行った」とおごるアッシリアに対する神の厳しい裁きのことばが告げられた。
神の前に小さな存在であるわたしたちに、いつくしみの目を注ぎ、キリストにおいて受け入れてくださったことを感謝し、その神の深い愛に日々応えることができるよう祈ろう。(S.T.)