集会祈願
🌸 第一朗読 (イザヤ55.10-11)
10主は言われる。
雨も雪も、ひとたび天から降れば
むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ
種蒔く人には種を与え
食べる人には糧を与える。
11そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとに戻らない。
それはわたしの望むことを成し遂げ
わたしが与えた使命を必ず果たす。
🌸 答唱詩編 詩編34 典128 ②⑤
詠唱 典261 ⑨
🌸 福音朗読 (マタイ6.7-15)
マタイによる福音
7〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。 8彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。 9だから、こう祈りなさい。
『天におられるわたしたちの父よ、
御名が崇められますように。
10御国が来ますように。
御心が行われますように、
天におけるように地の上にも。
11わたしたちに必要な糧を今日与えてください。
12わたしたちの負い目を赦してください、
わたしたちも自分に負い目のある人を
赦しましたように。
13わたしたちを誘惑に遭わせず、
悪い者から救ってください。』
14もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお赦しになる。 15しかし、もし人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しにならない。」
奉納祈願
拝領祈願
🌸 分かち合い
「主の祈り」とは主イエスがご自分で教えられた祈りですから、「主の祈り」と呼ばれているのです。この祈りを唱える時は、子供としての気持をもって、神様をお父さんとして呼びます。主イエスがこの祈りを教えられた時、アラム語で幼い子供が使う言葉をお使いになりました。日本語で言えば「パパ」という言葉の感じがします。つまり、私たちは自分の弱さを認めて、小さな子供のように謙虚な気持で祈るべきだと、主イエスは教えてくださったのです。
また、この祈りを教えられた時に、主イエスは、「わたしの父よ」ではなく、「わたしたちの父よ」と神様に呼びかけるようにお勧めになりました。つまり、神様が自分だけのお父様でなく、すべての人々のお父様であることを認識して、自分のためだけでなく、神様の子供であり、自分の兄弟である、すべての人々のために祈るように教えられました。
だから、主の祈りは、自分のことだけを意識して祈る祈りではなく、信仰者の仲間や家族といった共同体を意識して祈る祈りです。
「私たちの父」と呼んでいるということは、ユダヤ人だけの父ではなく、アメリカ人だけの父だけでもなく、ロシア人の父でもあり、日本人の父でもあり、中国人の父でもあり、ベトナム人の父でもあるということなのです。全世界の人々の父になって欲しいという願いだったような気がします。それは私たちだけの願いではなく、主イエスもそのような父なる神として崇められることを願っておられるということです。ですから、「天におられる私たちの父よ」と祈りなさいとおいうふうに主イエスが教えて下さったのです。