詩編 19
1 指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
2 天は神の栄光を物語り
大空は御手の業を示す。
3 昼は昼に語り伝え
夜は夜に知識を送る。
4 話すことも、語ることもなく
声は聞こえなくても
5 その響きは全地に
その言葉は世界の果てに向かう。
そこに、神は太陽の幕屋を設けられた。
6 太陽は、花婿が天蓋から出るように
勇士が喜び勇んで道を走るように
7 天の果てを出で立ち
天の果てを目指して行く。
その熱から隠れうるものはない。
8 主の律法は完全で、魂を生き返らせ
主の定めは真実で、無知な人に知恵を与える。
9 主の命令はまっすぐで、心に喜びを与え
主の戒めは清らかで、目に光を与える。
10 主への畏れは清く、いつまでも続き
主の裁きはまことで、ことごとく正しい。
11 金にまさり、多くの純金にまさって望ましく
蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い。
12 あなたの僕はそれらのことを熟慮し
それらを守って大きな報いを受けます。
13 知らずに犯した過ち、隠れた罪から
どうかわたしを清めてください。
14 あなたの僕を驕りから引き離し
支配されないようにしてください。
そうすれば、重い背きの罪から清められ
わたしは完全になるでしょう。
15 どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない
心の思いが御前に置かれますように。
主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。
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とはいえ真実に基づき正義を徹底的に貫く!
時に熱くなり徹底的に反駁批判する。
口汚くなっても下品になっても仕方ないときもある。
主イエスだってヘロデをキツネと呼び、ウンチとは言わなかったかも知らんがカワヤや便所ぐらいのことは言った
(マルコ7章19節につき「新共同訳、口語訳が『外』へ出されるなどの訳語を与えているのは、婉曲すぎて不適。」佐藤研ほか訳『新約聖書』岩波書店2004年)。
下品か上品かではなく、下品でも品があればよい、
という趣旨のことを、先頃帰天された鈴木邦男氏の記事を毎日新聞の日曜版に書いた松尾貴史さんが、以前ラジオで言っていた、と思う。
今日2月11日は建国記念の日でありルルドの日だ。日本にだって「ベルナデッタ」とその相棒はいるだろうし、欧米にだって「明治天皇」とその相棒がいるだろう。
汚い!と言われれば、すかさず北がなければ日本三角!と叫びたい。
東西南北上下左右先後云々を問わず、言論のテッポウ玉が無鉄砲に飛び交う自由な空間と時間を確保しつつ、それに疲れたらサバティカルに入れる、そんな国にぼくは住みたい。
佐藤研師は確か愛宮真備師の本を翻訳されていた。
愛宮真備師はリーゼンフーバー師に禅を教えた。リーゼンフーバー師は、ぼくに禅を教えてくれた二人目か三人目の師匠だ。
赤ん坊の頃、股関節脱臼をやったのでうまく座れず、ぼくの禅はヘボ禅だが、しばらく通った地元禅寺の近所で今日、と言っても日付が変わってしまったので昨日、一人の老人が行方不明になったが数時間後、無事発見された。
そう言えば、その地元禅寺に昔、隠れキリシタンがいたことを最近知った。
「人間を探す神」
例の立派なお髭のユダヤ教の老神学者の本のタイトルだったと思う。
2月10日コメントを書いて2月10日の詩編32を読んだ。
まさにこれだ。
世に反発反論しては迷うだけ。
御前に立ち帰らなくては。