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教皇の意向:子を失った親 (11月)

日本の信徒発見の聖母のミサ(3月17)

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見なさい。あなたの母です

ヨハネ19:27
集会祈願

慈しみ深い神よ、あなたの恵みに支えられて、日本のキリシタンは厳しい迫害に耐え、七代にわたって信仰を守り抜きました。この日、サンタ・マリアの導きによって、長崎でその末えいが発見されたことを喜び祝う私たちも、聖母の祈りに守られて試練に耐え、力強く信仰の道を歩むことができますように。聖霊の交わりの中で、あなたと共に世々に生き、支配しておられる御子、私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (イザヤ9:1-6)

イザヤの預言

1闇の中を歩む民は、大いなる光を見
死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。
2あなたは深い喜びと
大きな楽しみをお与えになり
人々は御前に喜び祝った。
刈り入れの時を祝うように
戦利品を分け合って楽しむように。
3彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を
あなたはミディアンの日のように
折ってくださった。
4地を踏み鳴らした兵士の靴
血にまみれた軍服はことごとく
火に投げ込まれ、焼き尽くされた。
5ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。
ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。
権威が彼の肩にある。
その名は、「驚くべき指導者、力ある神
永遠の父、平和の君」と唱えられる。
6ダビデの王座とその王国に権威は増し
平和は絶えることがない。
王国は正義と恵みの業によって
今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。
万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。

または エフェソ1:3-6、11-12

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

 3わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。 4天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。 5イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。 6神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。
11キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。 12それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。

🌸 答唱詩編 詩編98 典149①②

 遠く地の果てまで、
  すべての者が神の救いを見た。

新しい歌を神に歌え。
神は不思議な業を行われた。
神の偉大な右の手、
その尊い腕は救いの力。 【答】

神は救いを示し、
諸国の民に正義を現わされた。
慈しみとまことをもって、
イスラエルに心を留められる。 【答】

詠唱 典261の旋律で

イエスは弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」

🌸 福音朗読 (ヨハネ19:25-27)

ヨハネによる福音

 〔そのとき、〕25イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。 26イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。 27それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。

奉納祈願

聖なる父よ、教会の供えものを受け入れてください。迫害時代の信者たちが、聖母の祈りに支えられて苦難の日々を耐え忍んだように、私たちもキリストのいけにえに合わせて自らを捧げることができますように。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

叙唱 聖母マリア一(またはニ、三)

拝領祈願

慈しみ深い父よ、いのちの糧に満たされて感謝のうちに祈ります。私たちが、秘跡を待ち望んでいた先祖たちの熱意に結ばれ、聖母マリアのように、信仰の喜びをあかしすることができますように。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 日本のカトリック教会の歴史の中で、忘れてはならない奇跡的な出来事があります。それは250年もの間、キリスト教への厳しい弾圧を受けながら、一人の司祭もいない中で信仰を守り続けた人々が発見されたのです。キリスト教への迫害が少し緩やかになった1865年3月17日、この日は、十数名の男女 が、建てられて間もない大浦天主堂を訪れ、フランス人宣教師プチジャン神父に「ここにおります私たちは皆、あなた様と同じ心でございます。サンタ・マリアのご像はどこ?」と、キリスト教の信仰をもっていることを告げました。 その日からは「長崎の信徒発見記念日」として祝われてきましたが、この出来事から150年、2015年3月17日からは、日本固有の祝日「日本の信徒発見の聖母」として祝われます。下記の引用は「ジラール神父にあてたプティジャン神父の手紙」です。今日はみ言葉の分かち合いの代わりにこの手紙を味わって分かち合いましょう。

 わたしたちの心はみな、あなた様の心と同じでございます

 敬愛申し上げる神父様

 心からお喜びください。わたしたちのすぐ近くに、昔のキリシタンの子孫がたくさんい るのです。彼らは、わたしたちの聖なる信仰についての記憶を大切に心に留めているよう です。まずわたしに、この感動的な出会い、自ら目の当たりにし、こうした判断を下すに いたったこの出会いを簡単に物語らせてください。

 昨日の十二時半ごろ、子どもを交えた十二名から十五名ほどの男女の一団が天主堂の扉 の前に立っていました。単なる好奇心で来た人たちとは振る舞いが違っている様子でした。 天主堂の扉は閉まっていましたので、わたしは急いで扉を開き、内陣の方に進んで行くと、 この人たちも後からついてきました。一か月前にはじめてあなたがわたしたちにお与えく ださり、いつの日にか現れるかもしれないキリシタンのために、わたしたちが聖体の形態 のもとに聖櫃の中に大切に安置しておいた神なる主の祝福を、わたしは彼らの上に心から 祈り求めました。

 わたしは救い主のみ前にひざまずいて礼拝し、周囲にいるこの人々の心の琴線に触れ、 この中から主を礼拝する者を主のみもとに引き寄せることのできる適切なことばをわたし の唇にお与えください、と懇願しました。ほんの一瞬祈った後でしょうか、四十歳か五十 歳ほどの一人の婦人がわたしのそばに来ると、胸に手を当てて申しました。「ここにおりま すわたしたちの心はみな、あなた様の心と同じでございます」と。「ほんとうですか」とわ たしは答えました。「あなたがたはどちらの方ですか」。「わたしたちはみな、浦上の者でご ざいます。浦上ではほとんどみな、わたしたちと同じ心をもっております」。そして、すぐ にその同じ人がわたしに、「サンタ・マリアのご像はどこ」と尋ねました。「サンタ・マリ ア」、このめでたいみ名を耳にして、わたしにはもう疑う余地がありません。わたしの目の 前にいるのは、まぎれもなく日本の昔のキリスト信者の子孫なのです。わたしはこの慰め を神に感謝いたします。

 わたしは、このいとしい人々に取り囲まれ、促されて、彼らを聖母の祭壇へ、あなたが フランスからお持ちくださったあのご像が安置してある祭壇へと案内しました。彼らはみ な、わたしにならってひざまずき、祈りを唱えようとしていましたが、あふれる喜びに耐 えきれず、聖母のご像を仰ぎ見ながら、口をそろえて、「ほんとうにサンタ・マリア様だ。 見てごらん。御腕に御子ゼスス様を抱いていらっしゃる」と感嘆の声を挙げました。そし て、すぐにその中の一人が申しました。「わたしたちは、霜月の二十五日に、御主ゼスス様 のご誕生のお祝いをいたします。御主は、この日の真夜中ごろに家畜小屋の中でお生まれ になり、貧しさと忍耐のうちに成長され、御年三十三歳の時、わたしたちの魂の救いのた めに十字架にかかってお亡くなりになりました、と聞いております。今は悲しみの季節(悲 しみ節)です。あなた様方にもこのような祝祭日がおありでしょうか」と尋ねるので、「そ うです。今日は悲しみ節の第十七日に当たります」と答えました。わたしは、この「悲し み節」という言葉をもって、四旬節のことを言いたいのだとわかりました。

 この善良な参観者たちが、聖母マリアのご像を見つめて感動したり、わたしに質問をし たりしている間に、ほかの日本人たちが天主堂に入ってまいりました。わたしの周囲にい た人たちは、たちまち四方八方に散りましたが、すぐにまた戻ってきて、「まったく心配す る必要はございません。彼らはわたしたちの仲間で、わたしたちと同じ心の者でございま す」と申しました。

 わたしは、天主堂を参観するいろいろな人が絶え間なく往来するのに妨げられて、この 参観者たちと思うように話をすることができませんでした。けれども、浦上のわたしたち のキリスト信者――今日からわたしは彼らをこのように呼びたいのです――との間で、彼 らが出直してわたしたちに会いに来るという申し合わせをしました。彼らが何を保ってき たのか、少しずつ確かめることにいたしましょう。彼らは十字架を崇め、聖なるおとめマ リアを大切にし、祈りを唱えています。しかし、それがどのような祈りなのか、わたしに はわかりません。そのほかの詳しいことは、近日中にお知らせ申し上げます。

 一八六五年三月一八日 長崎にて
 日本の使徒座宣教師 ベルナール・プティジャン

手紙の原文:https://www.cbcj.catholic.jp/wp-content/uploads/2016/11/0317our_lady_hours_reading.pdf

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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