Generic filters
Exact matches only
Filter by content type
Comments
Attachments

教皇の意向:希望の巡礼者 (12月)

灰の式後の木曜日(2/23)

FacebookTwitterEmailLinePrintFriendly

日々、自分の十字架を背負って、

ルカ9:23
集会祈願

🌸 第一朗読 (申命記30.15-20)

 15〔モーセは民に言った。〕見よ、わたしは今日、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。 16わたしが今日命じるとおり、あなたの神、主を愛し、その道に従って歩み、その戒めと掟と法を守るならば、あなたは命を得、かつ増える。あなたの神、主は、あなたが入って行って得る土地で、あなたを祝福される。 17もしあなたが心変わりして聞き従わず、惑わされて他の神々にひれ伏し仕えるならば、 18わたしは今日、あなたたちに宣言する。あなたたちは必ず滅びる。ヨルダン川を渡り、入って行って得る土地で、長く生きることはない。 19わたしは今日、天と地をあなたたちに対する証人として呼び出し、生と死、祝福と呪いをあなたの前に置く。あなたは命を選び、あなたもあなたの子孫も命を得るようにし、 20あなたの神、主を愛し、御声を聞き、主につき従いなさい。それが、まさしくあなたの命であり、あなたは長く生きて、主があなたの先祖アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓われた土地に住むことができる。

🌸 答唱詩編 詩編1 典100 ① ④

アレルヤ唱 典260 3C

🌸 福音朗読 (ルカ9.22-25)

ルカによる福音
 22〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」 23それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。 24自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。 25人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 四旬節に入り、その歩みを始める者の覚悟を問う厳しい言葉が読まれた。申命記では、高齢のモーセが、約束の地を目の前にし、そこに入って繁栄を得るための心構えをイスラエルの民に提示する。命と幸い、あるいは、死と災い。生と死、あるいは祝福と呪い、どちらを選ぶのか。命を得るためには、すべてのものの与え主である神を愛し、その掟を守り、その示す道に従って歩むことだと。
 イエスは同じく、いのちへの道を弟子たちに提示する。「わたしについて来たい者は自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と。「自分を捨てる」、それは、自分が持っているもの、これこそが自分だと思っているもの一切を手放すということ、これは、そう簡単にできることではない。同時に、それによって、自分では想像もできなかった、広く深く、限りない自由な世界への道が開けてくることを経験する。
 「自分の十字架を背負う」ということ。それは、はじめは、だれもが忌避することに違いない。しかし、十字架は、自分で求めるものでなく、必ず向こうからやってくるもの。様々な困難、苦しみ、痛み、悲しみ、それらを、ただ無意味なものとして退けるのではなく、むしろ、素直に受け入れることによって、自分が大きな力に生かされていることを体験する。
 「命を失う者は、それを救う」。四旬節の間、この逆説を日々心に刻み、主がわたしたちに先立って自ら歩まれた道を、ひたすら歩み続ける恵みを共に祈ろう。(S.T.)

FacebookTwitterEmailLinePrintFriendly

御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

コメントする