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教皇の意向:子を失った親 (11月)

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年間第二十九木曜日(10/24)

わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである
集会祈願

🌸 第一朗読 (エフェソ3:14-21)

使徒パウロのエフェソの教会への手紙

 14〔皆さん、〕わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。 15御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。 16どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、 17信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。 18また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、 19人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。
 20わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に、 21教会により、また、キリスト・イエスによって栄光が世々なくありますように、アーメン。

🌸 答唱詩編 詩編33 典46 ①③

アレルヤ唱 典269 ㉙

🌸 福音朗読 (ルカ12:49-53)

ルカによる福音

 49「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。 50しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。 51あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。 52今から後、一つの家に五人いるならば、三人は二人と、二人は三人と対立して分かれるからである。
53父は子と、子は父と、
母は娘と、娘は母と、
しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、
対立して分かれる。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。」
イエスの熱い思いがあふれ出る言葉である。「火」は旧約時代には、神に逆らうものを焼き尽くす裁きの火、世の終わりに神が行う裁きのしるしとしての意味合いが強かった。
 しかし、新約では、火は聖霊―神のいのち、神の力―と結びつけて考えられている。聖霊の働きを強調するルカは、聖霊降臨のとき、聖霊は炎のような形で弟子たちの上に下った、と使徒言行録に記す。イエスはまさに、その聖霊をこの世にもたらすために来られたのだ。
 しかし、聖霊が下るために、イエスは、まず「洗礼」(バプテスマ)を受けなければならなかった。洗礼は「苦しみ」を意味し、イエスが受ける受難と死、さらには、イエスに従う者が受ける苦しみを意味する。
 そして、驚くべきことに、イエスは自分が「平和」ではなく、「分裂」をもたらすために来たとも言われる。イエスは決して、排他的な集団を作ろうとされたわけではないが、自分に働きかける聖霊に対して、人々が自分の態度を決めなければならない。そこで、分裂や対立が生じる。周囲や多数への同調、また、力による支配が生み出す表向きの平和ではなく、一人一人が、自分の自由な意思で、選択し決定することによって、はじめて神のいのちであり、力である聖霊に生かされる人間、新しい人間、本来の人間になることを教えておられるのではないか。(S.T.)

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。