四旬節第二月曜日(3/2)

あなたがたの父が憐れみ深いように、

🌸 第一朗読 (ダニエル9.4b-10)

ダニエルの預言

 4「主よ、畏るべき偉大な神よ、主を愛しその戒めに従う者には契約を守って慈しみを施される神よ、 5わたしたちは罪を犯し悪行を重ね、背き逆らって、あなたの戒めと裁きから離れ去りました。 6あなたの僕である預言者たちが、御名によってわたしたちの王、指導者、父祖、そして地の民のすべてに語ったのに、それに聞き従いませんでした。 7主よ、あなたは正しくいます。わたしたちユダの者、エルサレムの住民、すなわち、あなたに背いた罪のために全世界に散らされて、遠くにまた近くに住むイスラエルの民すべてが、今日のように恥を被っているのは当然なのです。 8主よ、恥を被るのはわたしたちであり、その王、指導者、父祖なのです。あなたに対して罪を犯したのですから。 9憐れみと赦しは主である神のもの。わたしたちは神に背きました。 10あなたの僕である預言者たちを通して与えられた、律法に従って歩むようにという主なる神の声に聞き従いませんでした。

🌸 答唱詩編 詩編130 典117 ①②

主は豊かなあがないに満ち、いつくしみ深い。

神よ、深い淵から、
あなたに叫び、
嘆き祈る私の声を
聞いてください。

あなたが悪に目を留められるなら、
だれがみ前に立てよう。
しかし、あなたのゆるしのために、
人はあなたをおそれ尊ぶ。

詠唱 典263 ⑫

主よ、あなたのことばは霊であり、いのちです。あなたは永遠の命のことばをもっておられる。

🌸 福音朗読 (ルカ6.36-38)

ルカによる福音

 36〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」
 37「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。 38与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 11年前、フランシスコ教皇は、「いつくしみの特別聖年」を始めるに先だって、『イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔』と題した大勅書を発行された。当時、勉強会の折によくこの冊子を利用させていただいた。神のいつくしみについて学ぼうと思えば、まずは、この冊子を読まれることをお勧めしたい。
 そこには、旧約聖書の中で繰り返し登場する神のいつくしみ、あわれみの愛についての言葉がある。そして、今読まれたルカ福音書のイエスの言葉についてのコメントもあるので、紹介したい。「わたしたちに言われていることはまず、裁かないことと、罪に定めないということです。・・・人間は表面的なところにとどまって人を裁きますが、御父は心をご覧になるのです。妬みや嫉みの気持ちから生まれることばは、本当にひどいものです。本人がいないところで兄弟の悪口をいうことは、兄弟の名誉を傷つけることであり、評判を落とし、うわさ話の餌食にすることになります。裁いたり、罪に定めたりしないということが意味するのは、どんな人にもあるよいところを積極的に受け入れること、そして一面的な判断や何でも知っているのだという思い上がりによってその人を苦しめるのをゆるさないことです。・・・イエスは、ゆるすことと与えることもわたしたちに求めています。わたしたちは神からすでにゆるしを受けたのですから、ゆるしの道具となりなさい、と。神が惜しみなく寛大にご自分のいつくしみの心を示してくださったことを知っているのだから、すべての人に対して寛大でありなさい、と。」
 旧約で繰り返し説かれた「神のいつくしみ」について、イエスがあれほど強調されたのは、人間がそれほど頑なで、自分中心だからでしょうか。(S.T.)

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

「四旬節第二月曜日」への3件のフィードバック

  1. 今日3月23日youtubeで、3月5日主日ミサ主の変容のガラルダ神父様の説教を聴いた。
    新しい酒は新しい革袋にって言うが、いずれかの福音書でイエス様は古いのが一番よいって言っていた。そして、以前、ボニー神父様はヨハネによる福音冒頭を引用された。

    今日、3月23日朝、実家近所の神社とお寺兼用の公園に行った。今は雨が降っているが今朝は雲も多いが太陽の光も見れて少し霧も出ていた。数日前は岸田首相のウクライナ訪問を知って参拝したが、今日はひとり公園の子ども用キリンさんにしばらく座り神社とお寺に挨拶して帰ってきた。

    日本国と日本人同胞を思う心もあるが、
    他方で、家族というか弟、親戚、故郷に受け入れてほしいという欲が出ていた。我々の本当の故郷は天にあるのに。
    今日も地元の友人に、妄想を言うなと言われた。妄想でなく確信と体験しか言ってないが。

    しかし、一切、言ってはいけなかったのだ。
    まして、確信に基づいて行動する時ではない。

    弱い私は、弟をはじめとする親戚・故郷の群衆による受難すら話してしまう。まるで被害者が責任追及するように。
    殺された父と拉致失踪中の母と一対一で、心から真実を語り合えたことが何よりの恵みだ。

    日本の、そして世界の殉教者たち、そして、それ以前に、何よりもイエス・キリストにならうこと、今の自分にはむずかしいが。

    2011年3月6日日曜日午後6時のミサもガラルダ神父様だった。
    ガラルダ神父様に初めて会ったのは2005年4月9日土曜日の講座、まさに新しい酒だった。
    2023年3月5日主日ミサのガラルダ神父様は、一番古い酒が一番新しいこと、
    ぁ!αでありωである、ってもう言われている!
    まあ、とにかく自分と世界と群衆との情況、福音と第一朗読の創世記や第二朗読使徒パウロのテモテへの手紙二等々、現実を見事にはっきりと示してくださった。
    そして古いとか新しいとか言う以前に命の泉、甘美な水。

    心を騒がせるな、ってイエス様も言っている。
    今度こそ、イエス・キリストと深く一致し、
    ぁ!まさにアニマクリスティ、3月21日の堀江節郎神父様の黙想会のテーマのように、テゼの祈り、歌のように、キリストの傷の深みにとどまっていたい。
    キリストの死にあやかり、死者から復活できますように、アーメン。

  2. 神の偉大さは人間の罪をゆるすことにある。
    キリストは人間の罪をことごとくゆるされた、十字架上の死に至るまで。
    尹大統領もリーダーとして、ゆるしこそが神の子にふさわしいことを示した。

    1965年6月22日の韓日協定は、まさに「いかなる留保条件もなしに、日本と関連するすべての過去がまるごと蒸発してしまうことになる」(『金大中自伝Ⅰ死刑囚から大統領ヘ』130頁)、
    当時の朴(父)大統領も意識し得ない壮大な神のゆるしのはじまりである。

    ゆるすだけでなく
    ゆるしたことも忘れる 神
    忘れる 
    イエスさまは寛大な方
    ゆるしばかりでなく忘れる
    一生涯、ゆるすこと
    心広くなること
    忘れること
    特別な薬、福音書
    武器として過去を話すのではなく
    (罪を犯したひと)ほんとうにかわいそう
    (悪霊に)だまされた
    わたしは守る、大切にする
    雰囲気は変わる
    その道をとらないとダメです
    (神よ)あなたの御旨なら
    あなたの模範に従い
    十字架の上からゆるします、忘れます
    、、、。
    (2010年4月4日日曜日、復活祭ミサ直前のミゲル・メンディサバル神父さまの告解メモ)

  3. 今日というか3月6日の福音は私自身にとっての福音。
    正義にこだわると命を失う。
    現に父は殺され母は拉致失踪中、私は失職中。いずれもこの世の教師の弟夫婦、この世の故郷の医師、弁護士、役所による仕業、というより裁き。
    彼らを裁いた結果、自分たちが裁かれた。
    裁くことよりゆるすこと。
    韓国の尹大統領を見習いたい。
    そしてキリストに従いたい。

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