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教皇の意向:希望の巡礼者 (12月)

主の奉献(2月2)

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主よ、今こそあなたは、お言葉どおり

ルカ2:29
集会祈願

全能永遠の神よ、御ひとり子は人となられ、きょう神殿にささげられました。わたしたちも聖霊の光に従い、罪の闇を捨て、みずからをあなたにささげることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (マラキ3.1-4)

1〔万軍の主は言われる。〕
見よ、わたしは使者を送る。
彼はわが前に道を備える。
あなたたちが待望している主は
突如、その聖所に来られる。
あなたたちが喜びとしている契約の使者
見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。
2だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。
彼の現れるとき、誰が耐えうるか。
彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。
3彼は精錬する者、銀を清める者として座し
レビの子らを清め
金や銀のように彼らの汚れを除く。
彼らが主に献げ物を
正しくささげる者となるためである。
4そのとき、ユダとエルサレムの献げ物は
遠い昔の日々に
過ぎ去った年月にそうであったように
主にとって好ましいものとなる。

または ヘブライ2.14-18
  14〔人は〕血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、 15死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。 16確かに、イエスは天使たちを助けず、アブラハムの子孫を助けられるのです。 17それで、イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。 18事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。

🌸 答唱詩編 詩編24 典158 ②③④

 門よ、扉を開け、永遠の戸よ、上がれ。
  栄光の王がはいる。 

だれが神の山に登れよう。
だれが聖所に立てよう。
それは手に汚れなく、心の清いひと、
むなしいことに心を向けず、
いつわりを口にしないひと。   【答】

その人は神に祝福され、
救いの恵みを受ける。
彼はヤコブの一族、
神を求め、その顔を慕う。  【答】

栄光の王とはだれか、
勝利を得られる力ある神。
栄光の王とはだれか、
すべてを治める神、神は栄光の王。 【答】

アレルヤ唱 典258 主の奉献

アレルヤ、アレルヤ。異邦人を照らす光、あなたの民イスラエルの栄光。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (ルカ2.22-40、または2.22-32)

ルカによる福音
 22モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。 23それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。 24また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。
 25そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。 26そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。 27シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。 28シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
29「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
この僕を安らかに去らせてくださいます。
30わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
31これは万民のために整えてくださった救いで、
32異邦人を照らす啓示の光、
あなたの民イスラエルの誉れです。」
 《33父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。 34シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。 35――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
 36また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、 37夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、 38そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。
 39親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。 40幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。》

奉納祈願

聖なる父よ、あなたは、ひとり子がすべての人の救いのため、汚れない小羊としてささげられるようお定めになりました。教会が喜びのうちにささげるこの供えものを受け入れて下さい。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

希望する者の力である神よ、あなたはシメオンの望みをかなえ、世を去る前に救い主をみる恵みをお与えになりました。とうとい秘跡にあずかったわたしたちが主の来臨を待ち望み、永遠のいのちに導かれますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 主の奉献の祝日を迎えました。「主の奉献」の祝日は毎年、主の降誕から40日目にあたる2月2日に祝われます。この日は主イエスが生まれてから40日後に律法の定めに従って両親によって神殿でささげられたことを記念します。

 さて、ヨセフとマリアは信仰あつい人々でしたので、律法で定められていることを忠実に果たそうと神殿に上ったのでした。律法に定められた通りに自分の子を主に献げ、いけにえとして動物を献げました。丁度その時、ヨセフとマリアは抱いて連れてきた幼子イエスをシメオンという預言者が腕に抱き、予想もできない言葉で神をたたえるのを聞きました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」(ルカ2:29-32)

 預言者シメオンは「正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。」(ルカ2:25-26)そういう人物です。

 彼が「イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた」のは、イスラエルが救われるのを待ち望んでいたということでしょう。彼もまた、律法の定めを忠実に果たす中で救いを待ち望んでいたのですが、両親に抱かれた主イエスと出会い、まったく違う道を知るようになりました。それは「律法によって救われる道」ではなく、「主イエスによって救われる道」です。

 この主イエスこそによってイスラエルの民は救われるということです。イスラエルの民だけでなく、異邦人を含む万民が、主イエスによって救われるとシメオンは確信しました。

 ここで、皆さんと注目していきたいのは、なぜシメオンはこの幼子主イエスを救い主と認めましたか。ヨセフとマリアが主イエスを神に捧げるために神殿に上った時には、恐らく主イエス以外他の幼子もいるかもしれません。あるいはこのような出来事は毎日行われるかもしれません。通常の生活の中に繰り返していることがあり、時々この生活がつまらなく感じられるかもしれません。ただし、このような生活の中でシメオンは貧しい家族の中におられる幼子主イエスを救い主として見つめました。シメオンのように私たちも日常生活の中で、周りの人々の中で、貧しい人々の中で、救い主イエスを見つめたことができるよう、という恵みを願っていきたいと思います。

 また、私たちも、今日の主の奉献を通して、慰め多い人生について考える必要があります。「主イエスによって救われる道」を私たちが受け入れるなら、私たちの手に慰め多い人生が与えられることになります。「主イエスによって救われる道」は、時としてゆるせない人をゆるしたり、愛せない人を愛したりすることが必要になります。

 もちろん、「主イエスによって救われる道」を固く信じていても、私たちの確信を揺さぶろうとする試練は何度も訪れると思います。それでも、私たちは「主イエスによって救われる道」を選ぶべきです。主イエスは私たちのために、ご自身によって救われる道を完成させようと神殿でみずからをいけにえになさったのです。従って、感謝しながら私たちは奉納とともに家族、友人、親戚、知り合いの人、また自分自身を慈しみ深い神に捧げ、ミサを続けましょう。

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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