年間第二十二金曜日(9/6)
新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない
集会祈願
🌸 第一朗読 (一コリント4:1-5)
使徒パウロのコリントの教会への手紙
1〔皆さん、〕人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。 2この場合、管理者に要求されるのは忠実であることです。 3わたしにとっては、あなたがたから裁かれようと、人間の法廷で裁かれようと、少しも問題ではありません。わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。 4自分には何もやましいところはないが、それでわたしが義とされているわけではありません。わたしを裁くのは主なのです。 5ですから、主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません。主は闇の中に隠されている秘密を明るみに出し、人の心の企てをも明らかにされます。そのとき、おのおのは神からおほめにあずかります。
🌸 答唱詩編 詩編37 典166 ①③
アレルヤ唱 典
268 ⑦
🌸 福音朗読 (ルカ5:33-39)
ルカによる福音
33〔そのとき、フャリサイ派の人々や律法学者たちは〕イエスに言った。「ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」 34そこで、イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか。 35しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その時には、彼らは断食することになる。」 36そして、イエスはたとえを話された。「だれも、新しい服から布切れを破り取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい服も破れるし、新しい服から取った継ぎ切れも古いものには合わないだろう。 37また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は革袋を破って流れ出し、革袋もだめになる。 38新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない。 39また、古いぶどう酒を飲めば、だれも新しいものを欲しがらない。『古いものの方がよい』と言うのである。」
奉納祈願
拝領祈願
🌸 分かち合い
福音書は、単なるイエスの伝記ではなく、イエスが行ったこととイエスの教えが、絶妙なバランスの中に配置されている。マルコは、どちらかと言えば、イエスの言葉よりも、行いを中心に描くことで、福音書の基本的な枠組みを残した。マタイは敢えて、イエスの言葉を5つのくくりとしてまとめ、ルカは、マルコの枠組みを残しながら、その中に独自の資料を加え、イエスの働きと教えに独自な色合いを添えている。
今日の朗読箇所に出るイエスの言葉、「新しいぶどう酒は新しい革袋に入れねばならない」に注目する。「新しいぶどう酒」という言葉が表すイエスの新しさとは何か。人々は、イエスの癒しの業を見、イエスの口から出る権威ある言葉に驚いた、と福音書は一様に記す。それは、かつての預言者にも見ることのできなかった全く新しい現実、後の人々が「人となられた神の子」と呼び、マルコ福音の著者が、「神の子、イエス・キリストの福音」と表題に記した神秘―託身・受肉の神秘―がそこに現出していたのである。
その「新しいぶどう酒を入れる革袋」とは何か。それは、努力して獲得したり、特別に選ばれた人が享受する境地といったものではなく、神によって造りかえられる新しい人間のことである。ヨハネが、「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」と記した、再生された人間のことである。それに近づくためには、自分を超えた大いなるものに自らを開くこと、素直さ、単純さ、柔軟性、さらにいえば、自らの賢さを捨てる愚かさを身に着けることかもしれない。(S.T.)