集会祈願
🌸 第一朗読 (エフェソ4:32~5:8)
使徒パウロのエフェソの教会への手紙
32〔皆さん、〕互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。1あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。 2キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。 3あなたがたの間では、聖なる者にふさわしく、みだらなことやいろいろの汚れたこと、あるいは貪欲なことを口にしてはなりません。 4卑わいな言葉や愚かな話、下品な冗談もふさわしいものではありません。それよりも、感謝を表しなさい。 5すべてみだらな者、汚れた者、また貪欲な者、つまり、偶像礼拝者は、キリストと神との国を受け継ぐことはできません。このことをよくわきまえなさい。
6むなしい言葉に惑わされてはなりません。これらの行いのゆえに、神の怒りは不従順な者たちに下るのです。 7だから、彼らの仲間に引き入れられないようにしなさい。 8あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。
🌸 答唱詩編 詩編1 典153 ①②
アレルヤ唱 典273 26B
🌸 福音朗読 (ルカ13:10-17)
ルカによる福音
10安息日に、イエスはある会堂で教えておられた。 11そこに、十八年間も病の霊に取りつかれている女がいた。腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができなかった。 12イエスはその女を見て呼び寄せ、「婦人よ、病気は治った」と言って、 13その上に手を置かれた。女は、たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美した。 14ところが会堂長は、イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て、群衆に言った。「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」 15しかし、主は彼に答えて言われた。「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。 16この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」 17こう言われると、反対者は皆恥じ入ったが、群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。
奉納祈願
拝領祈願
🌸 分かち合い
18年も腰が曲がったまま伸ばすことができない女性の話。日本でも、長年、畑で働いた女性で腰の曲がった方を見かけるが、この場合は、特別な病気のためだろうか。イエスは女性の願いを聞くこともなく、彼女を呼び寄せ、ただ一言、「婦人よ、病気は治った」と言って、手を置くと腰がまっすぐになり、神を賛美したと記す。その女性が耐え忍んできた苦しみを一瞬にして見抜かれたのだろう。
しかし、それを見た会堂長は、腹を立てて言う、「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない」と。安息日は、一切の仕事を休み、神を賛美する日である。たとえよいことであっても、安息日にしてはいけない、という考えもわからないではない。しかし、よく考えれば、安息日は、人間が神に賛美を捧げる日であると同時に、神のために取っておかれた「神の日」であり、「神が自由に働く日」であるはず。その安息日をも、律法を盾に、自分の支配のもとに置こうとするのは人間の傲慢ではないだろうか。
安息日にそのようないやしの業を行うことが許されるのは、それが神の子、イエスだからではない。人間であっても、神がそのように行うことを聖霊によってお示しになるなら、主の日に、愛の業を行うことが、主日の務めに反するととがめることはできないのではないか。(S.T.)
ぼくはそうとうなおばかだ。あくをせいあつできたとおもい、はしゃいででんわしておこられた。せっかく、ぐうぜん、かんしきのおんなのこでたのに。
ははがかえってくるかとおもったがあまかった。
日曜日は正午まで寝ていた。それを聞いた同僚は、「もったいない」と言った。彼は9時には起きると聞いた。もったない。本仮屋ユイカさん起きるべきときに起きてください。待っています。(首都圏在住)
もとかりやさんのことねっとでみた。りふじんなこと、きょうのふくいんのいえすのように、はっきりさせたい。