集会祈願
🌸 第一朗読 (エフェソ2・19-22)
19〔みなさん、〕あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、 20使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、 21キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。 22キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。
🌸 答唱詩編 詩編19 典147 ①②
アレルヤ唱 典277(聖シモン・ユダ)
🌸 福音朗読 (ルカ6.12-19)
ルカによる福音
12そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。 13朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。 14それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、 15マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、 16ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。
17イエスは彼らと一緒に山から下りて、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子とおびただしい民衆が、ユダヤ全土とエルサレムから、また、ティルスやシドンの海岸地方から、 18イエスの教えを聞くため、また病気をいやしていただくために来ていた。汚れた霊に悩まされていた人々もいやしていただいた。 19群衆は皆、何とかしてイエスに触れようとした。イエスから力が出て、すべての人の病気をいやしていたからである。
奉納祈願
拝領祈願
🌸 分かち合い
12使徒のリストの中で、いつも並んで名前が記されるシモンとユダの祝日。使徒は、イエスの弟子の中から、特別に選ばれ、遣わされた人たち。数ある弟子の中から選び抜かれた者たちだから、当然、より優れた人物だろう、と考えたくなる。しかし、実際は、人間的な弱さや未熟さを表したり、ユダヤ人が忌避する徴税人であったり、「熱心党」と呼ばれる過激派に属することが疑われたり、さらには師を裏切ってしまったりする、きわめて人間的なグループ。
さらに言えば、使徒として特別の養成を受け、いずれ、師に並び、あるいは、師にまさる力を備え、師から独立するものになると、期待されるが、実は、そうではない。「僕は主人にまさらず」(ヨハネ13.16)と言われるが、イエスの弟子は決して師をこえることができない、あくまで主に従い、仕えるものである。そして、自分の名誉や利益を求めるのではなく、全体のために奉仕する存在である。
しかし、奉仕といっても、かつて言われたような「滅私奉公」的な働きが求められているわけではない。師から愛され、友とされ、自らに与えられたものを生かし、生涯をかけて師に少しでも近づこうと努めるのである。実際、多くの使徒は、師と同じように、人々から疎まれ、蔑まれ、命を捧げた。教会は、こうしたイエスと起居を共にし、その復活を体験し、命を懸けて宣教に生きた使徒たちによって基礎が据えられ、発展したことをあらためて思い起こし、わたしたちも同じ宣教の使命に生きる恵みを祈ろう。(S.T.)