祈る花:Inoruhana
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年間第四金曜日(2/6)

彼はいと高き主に祈り求めて、

聖アガタおとめ殉教者 記念日

🌸 第一朗読 (シラ47・2-11)

シラ書

2和解の献げ物から脂肪が取り分けられるように、
ダビデもイスラエルの子らから選び分けられた。
3彼は子山羊と戯れるように、獅子と戯れ、
小羊と戯れるように、熊と戯れた。
4彼は若いとき、巨人を打ち倒して
民の恥を取り除き、
石投げを持った手を上げて、
ゴリアトの高慢を粉砕したのではなかったか。
5彼はいと高き主に祈り求めて、
その右手に力を与えられ、
あの力ある戦士を倒し、
自分の民の勢力を高めることができたのだ。
6こうして、数万の敵を倒したと言って
人々は彼を称賛し、
主を賛美しつつ彼をほめたたえ、
栄光の冠を彼に与えた。
7彼は取り囲む敵を打ち滅ぼし、
刃向かうペリシテ人を完膚なきまでに倒した。
彼らの勢力は今日まで衰えたままである。
8彼はいかなる業をなしたときも、
聖なるいと高き方を栄えある言葉で称賛し、
心を尽くして賛美の歌をうたい、
自分の創造主を愛した。
9彼は祭壇の前に歌い手たちを立たせ、
美しい声で歌をうたわせた。
こうして彼らは毎日賛美の歌を
うたうことになった。
10彼は祭りを荘厳なものにし、
祭りの手順を完璧に整え、
人々に主の聖なる御名をたたえさせて、
暁とともに美しい声を聖所に響かせた。
11主は彼のもろもろの罪を赦し、
その勢力を永遠に続くものとして高め、
彼に王国の契約と
イスラエルにおける栄光の座を与えられた。

🌸 答唱詩編 詩編18 典64④⑥

神はわたしを救われる。そのいつくしみをたたえよう。

神は輝くともしび、
わたしのやみを照らすかた。
神の道は清く、そのことばには偽りがない。
神は身を寄せるすべての人の盾。

わたしを支える岩、
わたしを救われる神に栄光と賛美。
神よ、諸国の民の中であなたをたたえ、
わたしはあなたの名を喜びうたう。

アレルヤ唱 典272㉚

アレルヤ、アレルヤ。よい心で神のことばを保ち、忍耐を持って実を結ぶ人は幸い。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (マルコ6:14-29)

マルコによる福音

 〔そのとき、〕14イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」 15そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。 16ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と言った。 17実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。 18ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。 19そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。 20なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。 21ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、 22ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、 23更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。 24少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。 25早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。 26王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。 27そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、 28盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。 29ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた。

祈る花:Inoruhana
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🌸 分かち合い

 殉教者たちの記念に挟まれた今日、福音では、洗礼者ヨハネの殉教の個所が読まれました。洗礼者ヨハネの殉教は、共観福音書のすべてが、かなりのスペースをあてて記しています。それだけ、ヨハネの殉教は、初代教会の中で、大事なこととして語り継がれてきたのでしょう。
 日本語には、「有終の美」という言葉があります。だれもが、最後は美しく、素晴らしい、恥ずかしくない結果を残したい、という人間の願望を語る言葉です。その点からすると、ヨハネの最後は、まさに、そのと言うべきかもしれません捕らわれの身として、一人牢につながれ、領主ヘロデと、その連れ合いヘロディアの勝手な思いつきで、首をはねられます。
 不条理とか、無意味とかいう言葉をあてるしかない、このヨハネの最後は、だれも真似しようとしないし、することもできない、屈辱的な最期と言ってよいでしょう。 しかし、ヨハネの死は、イエスの先駆者にふさわしい死かもしれません。イエスは、短い生涯の間、ひとえに神について人々に語り、人々の病を癒し、人々の期待を一身に担われました。しかし、その最後は、だれよりもみじめな罪人としての十字架の死でした。しかし、それがために、父なる神は、復活という最大の栄光をお与えになったのです。洗礼者ヨハネは、その死においても、イエスのさきがけとなりましたが、栄光においても、イエスと並ぶ栄誉を受けられたことを、教会は記念するのです。(S.T.)

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

「年間第四金曜日(2/6)」への1件のフィードバック

  1. 今日が右近の日とは知らなかった。
    分かち合いを読んで、最近、遠くヘ行った教会外の友人が高山右近のことを清々しくも苦しみをも声に含ませ生き生きと語ってくれたことを思い出した。右近はだんだんと、やがてすべてを捨てた、と。
    四ツ谷の教会で日曜昼にカレーを喰ってたら目の前に座った母より若い年上の女性が、先頃帰天された加賀乙彦の『高山右近』を絶賛した。
    久しぶりに目の前に出した結城了悟神父の『キリシタンになった大名』文庫本の表紙は右近だと思う。
    右近を聴く、右近を見ると
    殺されたって大丈夫!
    殺されたって死んでたまるか!
    って気持ちになる。
    神に感謝。

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