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教皇の意向:子を失った親 (11月)

年間第一木曜日(1/12)

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イエスが深く憐れんで、

マルコ1:41
集会祈願

🌸 第一朗読 (ヘプライ3.7-14)

7〔皆さん、〕聖霊がこう言われるとおりです。
「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、
8荒れ野で試練を受けたころ、
神に反抗したときのように、
心をかたくなにしてはならない。
9-10荒れ野であなたたちの先祖は
わたしを試み、験し、
四十年の間わたしの業を見た。
だから、わたしは、その時代の者たちに対して
憤ってこう言った。
『彼らはいつも心が迷っており、
わたしの道を認めなかった。』
11そのため、わたしは怒って誓った。
『彼らを決してわたしの安息に
あずからせはしない』と。」
12兄弟たち、あなたがたのうちに、信仰のない悪い心を抱いて、生ける神から離れてしまう者がないように注意しなさい。 13あなたがたのうちだれ一人、罪に惑わされてかたくなにならないように、「今日」という日のうちに、日々励まし合いなさい。―― 14わたしたちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、キリストに連なる者となるのです。

🌸 答唱詩編 詩編95 典35 ③④

アレルヤ唱 典268 ①

🌸 福音朗読 (マルコ1.40-45)

マルコによる福音

 40〔そのとき、〕重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。 41イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、 42たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。 43イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、 44言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」 45しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 マルコ福音書は、最初に書かれたもので、4つの福音書の中で一番短い。マタイ・ルカのようにイエスの言葉(語録)を長く記すことはせず、奇跡物語も少ない。しかし、数少ない奇跡物語を、詳しく、劇的に描くこともマルコの特徴と言える。今日の箇所も、マタイやルカは、比較的短くまとめているが、マルコは、出来事の後に、癒された者の行動にまで触れている。
 近年、「重い皮膚病」と訳されるlepra(らい病)は、大昔から不治の病、恐ろしい病気として烙印を押されてきたが、聖書の中でも、レビ記が13章をすべて、この病気にあてている。この病気にかかり、祭司から「あなたは汚れている」と判断された者は、隔離され、「わたしは汚れた者です」と呼ばわり、その症状がある限り、一人で、人々の住む町の外で住まなければならない、と規定されていた。
 日本でも、近年にいたるまで、この病に対する厳しい目から多くの病人が、非人間的な扱い、差別を受けてきたことはご存じの通り。コロナのまん延に際して、あえて誹謗中傷や差別を戒めるよう、行政の長が発言するのは、現代の社会にも、これに類する意識が潜んでいるからではないか。
 イエスが、そうした苦しみを担ってきた病者に、慈しみの目を注ぎ、癒しの業を行ったことは、当時の人々にとって、驚くべきことだったに違いない。共観福音書がこぞって、この出来事をイエスの公生活の、まず、はじめに記すのは、それだけ、インパクトが大きかったからだろう。イエスの業を通して示された神の愛の広さ・深さに触れる恵みを祈ろう。(S.T.)

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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