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教皇の意向:子を失った親 (11月)

聖マリア・マグダラ(7月22)

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 7月22日 聖マリア・マグダレナ(記念) (1世紀)

2016年6月3日付で発表された教皇庁典礼秘跡省「教令」(Prot. N. 257/16)によって、マグダラの聖マリアの記念日(7月22日)を、今後は祝日(festum)として祝うことになりました。この「教令」に関して、こちらをクリックしてください。

 マグダレナと呼ばれているマリアは、マグダラという町の名から生じたものと思われます。マグダラは、ガリラヤまたはティベリアと呼ばれた湖の沿岸にあった町でした。確かにそのあたりは、キリストが約一年間布教した地でした。その頃マリアは「罪の女」という悪評をもった人間でしたが、キリストの説教を聞いただろうと思われ、その心の奥底からの回心は、ルカ福音書の七章に書かれています。

 みなの軽蔑と非難を無視して祝宴に入り、招待主から失礼なことをされたキリストの足を涙でぬらし、接吻し、香油を塗って髪の毛でふきました。その勇気と愛の報いとして、ファリサイ人の軽蔑に対し、キリストによって「多くを愛した者」としてほめられ、「あなたの罪が許された」という、彼女にとって何よりもありがたいことばを聞くことができました。その時から「七つの悪魔」ということばで表現される(ルカ8:2)多くの罪から解放されて、他の婦人たちといっしょに、キリストとその弟子たちに奉仕しました。その後、エルサレムのそばにあるベタニアという村に、姉と弟だと思われるマルタとラザロといっしょに住むことになりました。この三人がキリストに愛されていたことは、ヨハネ福音書の十一章に書かれているとおりです。それによりますと、キリストは、時々休息のために彼らのところに立ち寄られました。マリアはキリストの足もとに座って、キリストの話に熱心に聞き入りました。そして「マリアはよいほうを選んだ」と、キリストにもう一度ほめられました(ルカ10:38-42)

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

 しかし、試練の時が訪れました。ラザロが病気になり、マリアとマルタは、キリストに「愛しておいでの人が病気です」と知らせましたが、キリストは二日間おいでにならず、二人はキリストを待ちわびながら、ラザロの死を迎えました。キリストは、ラザロの死後四日目においでになりました。迎えに行ったマルタは、「主よ、もしあなたがここにいてくださったら、私の兄弟は死ななかったことでしょう」と言いました。するとキリストは、「私を信じるか」と尋ねられました。そしてマルタの涙を見て、ご自分も涙を流されました。しかし、あとで来たマリアには尋ねられませんでした。その信仰の深さをご存じだったからでしょう。それからラザロを蘇生させ、二人の姉妹に返されました。後に、このラザロの死こそ、キリストを殺す陰謀の決定的な出来事となったのです。

 二、三か月後、枝の祝日の前の日に、キリストは三人の家で食事をともにされました。マリアは、いつかのようにキリストの足に香油を塗り、髪の毛でふきましたが、見ていたユダがそれを批判しました。けれどもキリストはもう一度マリアの弁護をされました。次にマリアが登場するのは、カルワリオの丘の上です。ヨハネを除いて男の弟子はみな逃げましたが、聖母マリアとともに、十字架のもとでキリストの苦しみと辱めに与ったのは、マリアでした。日曜日の朝、キリストの遺体の葬り方に満足できなかった彼女は、香油と香料を塗るために、他の婦人たちと墓に急ぎました。そこで、墓の上におかれていた大きな石が取り除かれているのを見たマリアは、驚いてペトロとヨハネのところに戻っていきました。「だれかが主の体を盗みました」と叫ぶ彼女の声に、ペトロとヨハネは墓に向かって走りました。

 信仰が足りなくても、愛は強く、キリストの墓から離れられなかったマリアでした。その愛のためでしょうか、キリストがご自分のよみがえった姿を最初に見せたのは、他ならぬ罪人のマリアだったのでした。

 マリア・マグダレナは、この感動的な場面を最後に聖書から姿を消します。いろいろな説はありますが、ほんとうのところその晚年は知られていません。しかし、それはたいしたことではありません。なぜなら、福音書に描かれているマリア・マグダレナの姿は、キリストが言われたように、世の終わりまで、いつも信者たちの目の前で輝いているからです。マリア・マグダレナは、愛による回心の力のすばらしさを、私たちに示してくれました。

 彼女のために祈りましよう。

(付) 注釈
 福音書の中に出てくるマリア・マグダレナは、ヨハネニ〇章、ル力八章の中に見られるマルタの妹のマリアであり、ルカ七章にみられるキリストの足に香油を注いだ罪の女マリアでもあるという解釈の上で、この伝記を書きました。確かに、このことについてはいろいろと意見があり、水掛け論的なことも見られますが、次の二つの点に誰も気がつかなかったようです。
 ① 髪の毛でキリストの足をふくことができるのは、相当に長い髪の持ち主でなければならないということ。腰ぐらいまでの長さでないと恐らく不可能だと思われます。キリストの弟子の中に、こんなにめずらしい長い髪の持ち主の女性が二人もいたと考えるより、一人であると考える方が自然ではないかと思われます。
 ② また、いくら髪が長くても、足をふくために使うことは不適当でした。イザヤ一章二〇節にも見られるように、その当時といえども、ハンカチに類するものか、洋服の袖口などを使うことのほうが、より自然な行為でしょう。髪を使うのは、やはりその女性にとって特別な意味があったと思われます。その長い髪が罪を犯すきっかけであったから、その償いの意味で、自分の髪を使ってふいたと考えることはできないでしょうか。そしてキリストの弟子の中に二人も同じ考え、同じ行為をする人間がいたと考えるのは、難しいことのように思われます。以上のニ点から、先にあげた三様のマリアが同一人物であると結論づけることができると思っています。

C.バリョヌェボ著『ミサの前に読む聖人伝』サンパウロ、2010年。

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御言葉の典礼を読み続く🌸

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