神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。
🌸 第一朗読 (シラ6・5-17)
シラ書
5のどの麗しい声は、友人を増やし、
舌のさわやかな語りかけは、愛想のよい返事を増やす。
6多くの人々と親しく挨拶を交わせ。
だが、相談相手は千人のうち一人だけに限れ。
7友をつくるときは、試してからにせよ。
すぐに彼を信頼してはいけない。
8都合のよいときだけ友となり、
苦難のときには、離れてしまう者がいる。
9また、心変わりして敵となる友もいて、
争いでお前が吐いた悪口を暴露する。
10食事のときだけ友であり、
苦難のときには、離れてしまう者がいる。
11お前のはぶりがよいと、お前のようにふるまい、
お前の召し使いたちになれなれしくする。
12しかし、お前が落ちぶれると、背を向け、
お前の目から身を隠す。
13敵からは遠ざかれ。
友達には気をつけよ。
14誠実な友は、堅固な避難所。
その友を見いだせば、宝を見つけたも同然だ。
15誠実な友は、何ものにも代え難く、
そのすばらしい値打ちは計り難い。
16誠実な友は、生命を保つ妙薬。
主を畏れる者は、そのような友を見いだす。
17主を畏れる者は、真の友情を保つ。
友もまた、彼と同じようにふるまうから。
🌸 答唱詩編 詩編119 典75②④
答:神よ、あなたのことばはわたしの足のともしび、わたしの道の光。
あなたの定めを思いめぐらし、
あなたの道に目を注ぐ。
わたしはおきてを喜びとし、
あなたのことばを忘れない。【答】
神よ、あなたのことばを生涯守れるように、
豊かな恵みを与えてください。
教えの偉大さを悟れるように、
わたしの目を開いてください。【答】
アレルヤ唱 典268⑲
アレルヤ、アレルヤ。主よ、あなたのことばは真理。わたしたちを真理のうちに聖なる者にしてください。アレルヤ、アレルヤ。
🌸 福音朗読 (マルコ10・1-12)
マルコによる福音
そのとき、1イエスはユダヤ地方とヨルダン川の向こう側に行かれた。群衆がまた集まって来たので、イエスは再びいつものように教えておられた。2ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。イエスを試そうとしたのである。3イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返された。4彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。5イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。6しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。7それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、8二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。9従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」10家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。11イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。12夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」
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🌸 分かち合い
離婚の問題は、デリケートであまり触れたくないテーマだが、社会の変化に伴って、身近なところで、かなり起きていることも事実。様々な事情で、望まずして、そこまで行かざるを得ない人もいれば、どこかで妥協している人もいる。カトリック教会は、伝統的に、離婚に対して厳しい姿勢をとってきたが、フランシスコ教皇は、原則を守りながらも、傷ついた離婚者に対して最大限の配慮を示すよう望まれ、教会法上も種々改定を加えられた。他人が容易に介入できない夫婦の間柄に対して、軽軽な判断はしないよう気をつけなければならない。
イエスの時代に、ユダヤ人の間でも、離婚に対する考えははっきりしていたが、その解釈には、かなりの幅があったらしい。離縁について、申命記が記している「離縁状を渡す」ということが、安易に考えられていたことも否定できない。
イエスは、そこで、結婚の根本に立ち返り、そもそも結婚は何か、ということから考える。つまり、結婚というものが「神が合わせる」(現代的な表現では、「当事者二人の間の自由な同意」)という原点に立ち返って、それを一時的な感情や自分中心的な計算で絶ってはならない、と主張する。
かつては、家を守ること、子孫を儲けることが重視されたが、今、考慮すべきもう一つの点は子ども自身のこと。結婚が二人の愛の絆によって幸せをもたらすものであるならば、その幸せを子どもたちから奪ってはならないのではないか。
結婚の誓いが、絶え間ない絆の更新、互いの謙遜な祈りなしに存続できないことを思い、結婚の絆を結ばれた人々、特に、はからずも、結婚によって傷ついた人々のために祈ろう。(S.T.)