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教皇の意向:子を失った親 (11月)

四旬節第一月曜日(2/27)

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正しい人たちは永遠の命にあずかる

マタイ25:46
集会祈願

🌸 第一朗読 (レビ19.1-2、11-18)

 1主はモーセに仰せになった。
 2イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。
 あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。
 11あなたたちは盗んではならない。うそをついてはならない。互いに欺いてはならない。 12わたしの名を用いて偽り誓ってはならない。それによってあなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。
 13あなたは隣人を虐げてはならない。奪い取ってはならない。雇い人の労賃の支払いを翌朝まで延ばしてはならない。 14耳の聞こえぬ者を悪く言ったり、目の見えぬ者の前に障害物を置いてはならない。あなたの神を畏れなさい。わたしは主である。
 15あなたたちは不正な裁判をしてはならない。あなたは弱い者を偏ってかばったり、力ある者におもねってはならない。同胞を正しく裁きなさい。 16民の間で中傷をしたり、隣人の生命にかかわる偽証をしてはならない。わたしは主である。
 17心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。 18復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。

🌸 答唱詩編 詩編19 典44 ②⑤

アレルヤ唱 典263 ⑯

🌸 福音朗読 (マタイ25.31-46)

マタイによる福音 

 31〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。 32そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、 33羊を右に、山羊を左に置く。 34そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。 35お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、 36裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』 37すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。 38いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。 39いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』 40そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
 41それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。 42お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、 43旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかったからだ。』 44すると、彼らも答える。『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしたり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見て、お世話をしなかったでしょうか。』 45そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』 46こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 世の終わりに人々が裁かれる基準は、人々の喝さいを浴びることではなく、多くの人々がそれとは気づかずに人生を生き、そして、終えてゆく、ごく些細で身近なこと。今日の第一朗読のレビ記で、隣人にしてはならないと具体的に、はっきりと示され、最後に、「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」と明示されたこと。そして、先日読まれた預言者イザヤが「わたしが選ぶ断食」として明示された、「虐げられた人を解放し、飢えた人にパンを裂き、貧しい人を家に迎え入れ、裸の人に会えば衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまないこと」(イザヤ58.6∼7)。
 こうした先進的な旧約の掟、また、預言者の教えとイエスの教えはどこが違うのか。それは、今日の福音の結びになる言葉、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者のひとりにしたのはわたしにしてくれたことなのである」に要約されるのではないか。
 人となられた神の子は、わたしたち人間、しかも、その中の、小さな存在、忘れられがちな、時には、排斥され、差別される存在に、自らを同化され、その一人となられた。わたしたちが意識せずに、身近におられる小さな存在の中に、イエスがおられるということ、あらためて、心に刻まなければならない。
 いつ終わるとも知れないウクライナでの戦争、その中で、一番欠けていると思えることは、まさに、この人となられた神の子が同化された小さな存在への愛ではないだろうか。(S.T.)

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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